竹原野

竹原野地区は、農地が多く、米や野菜、果実等多種類の農産物が作られており、農村風景が残っている地区です。また、明治の初めごろには生野鉱山の建物用レンガを作っていたところでもあります。現在、ケアハウスや老人ホームなどの福祉ゾーンが開発され、入居者の皆さんと地域住民との交流も深まっています。

竹原野のお宝

鷹ノ巣ダム(鷹ノ巣堰堤)

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生野鉱山の機械の動源力として水力を利用するため、太盛の工場までの総延長3.5kmの木製送水路を敷設した。フランス人技師コワニエが設計し、明治9(1876)年に完成。

「生野鉱山 近代化産業遺産」、「生野鉱山および鉱山町の重要文化的景観」構成要素。

子安地蔵尊

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妊婦の安産を守護する地蔵尊であり、子宝に恵まれ、子供の成長祈願にもご利益があると言われている。昭和6(1796)年建立の紀年銘があり、元の建立位置は道路向かいの家の庭当たり。

五輪塔

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寛永8(1631)年と寛文2(1662)年銘期の2期あるが片方は倒れている。塔の高さ約2.4m。

西林寺跡

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浄土宗知恩院派 香炉山西林寺。慶長11(1606)年3月旭譽上人開基、本尊阿弥陀如来は傳教大師の作。昭和29(1954)年に口銀谷の東恩寺と合併し東西寺となる。

墓所の三方に長さ50cm、10~20cm角のカラミ石が使われている。墓所で使われいることは珍しい。

宝篋印塔(ほうきょういんとう)

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南北朝末か室町時代前期に建立。素地に金剛界四方仏の種子が刻まれている。塔の高さ約1m。石材は花崗岩で丹後地方産に似ている。

石渕不動尊

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大正初期に建立。当地は河川の氾濫や事故が多発していた難所であったため、災いを鎮める目的で有徳者によって不動明王が造立された。

内山寺(ないさんじ)跡

内山寺境内☆.jpg

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内山寺は神亀5(728)年法道仙人の開基。弘法大師や傳教大師も立ち寄られたという古刹であったが時代の推移とともに荒廃し、昭和29(1954)年観音堂を鷲原寺(朝来市岩津)に譲り、その他は延応寺(口銀谷)に移して廃寺になった。

参道や観音道には、弘法大師をはじめ107体の石仏が祀られている。

その他の施設